――
「全く、心配掛けさせないでよ」
風の吹く草原。
男と少女は並び立っていた。
「はは、ごめん」
「だって本当に疲れて眠ってたなんて。心配したよ?」
「本当に、ごめん」
日の照らす下、謝り続ける男と頬を膨らませる少女。
だが少女は本気で怒っているわけではないことが、笑っている目でわかる。
「仕方無いなぁ、許すよ。それで、これからどうするの?」
少女は頬を膨らますのをやめ、笑って男の顔を覗き込む。
男はいつものように、困ったような笑顔を見せている。
「このまま、こんな感じで生きていきたいかな」
大樹に目を向けながら、男はそう返す。
「そっか」
「もちろん、君も一緒に居てくれると、嬉しいけど」
今度は少女の方へと顔を向ける男。
その言葉に少女は笑い。
「ありがと」
そう、顔を近づける。
風が一陣吹く中、二人は優しい口付けを交わし合っていた。
――
少女は目を覚ます。
そして、今までの夢を思い返し、いっそその前まで夢であれば……そんなことを思う。
「あれから、数日経ったって言うのに、ね」
ベッドの上、額に手を当てて呟く。
彼が旅立って、三日。
ここに居る理由はもう無いのに、まだ家に居る自分。
「……今日で、終わりにしよう」
そんな自分に一言、呟いて。
立ち上がる。
「最期の我儘ぐらい、聞いてあげないと」
そう言って笑った少女は、家を後にした。
風の吹く草原。
その中で、今まで居た家を振り返る。
白い外観のその家で過ごした期間は短い、けれども様々な事があった。
「……ありがとう」
悲しかった、それでも楽しいことがあった。
そんな家に一言呟いて、一度目を瞑る。
そして思いだす。
あの時に聞いた歌を。
彼が唯一歌った歌にして、数日前に聞いた歌。
「……私に嘘までついて。絶対にばれるって、わかる嘘を……」
題名を忘れたと言っていた男。
今になってそれが嘘だとわかる。
題名は、『魂の旅路』。
そして退団する仲間たちに歌ったという、その事実。
その退団の理由は……。
「馬鹿だよ。悲しいなら、泣けばよかったのに」
でも、彼は泣かなかった。
その理由は、少女。
彼は少女の前で、悲しみを表に出したくなかった。
それは男の意地でもあるし、何より少女の悲しげな顔を見る時間を少なくしたかったのだろう。
「月の階段 風の子守唄
次の旅路へ 行くのならば
久遠の 安らぎを
白い家と 草の香りを
思い出して 思い馳せる
楽し日の 思い出に
君の行く先に 遠き路の先に
数多の幸せが あらんことを……」
優しく吹く風が、その歌声を運ぶ。
男は幾度この旋律に声を乗せたのか。
そして幾度、永久の別れに涙を見せたのだろうか。
そんなことを一度も言う事無く、嘆くことも無く、困ったように笑っていた男。
あの笑顔を思い出して、少女はこの三日流していなかった涙を流す。
声をあげることなく、ただ静かに。
「さて、本当にそろそろ行かないと。……最期の最後で、やっと私にお願いをしてくれたんだから」
少女は男に尽くす妖精でもあった。
だから、彼が望むことをやってあげたかった。
その理由は途中から変わってしまったけれど、少女は彼が自分に望みを言う事を、望み続けた。
そして、最後に彼は少女に望みを告げた。
さらに家に置いてあった置手紙。
『命以上の幸福を、ありがとう』
たった一言。
それで彼の騎士の最期の言葉の意味を完全に理解してしまった。
自分のように、代償以上の幸せを他の人に与えてほしいと言いたかったのだと。
それこそが彼の望みなのだと。
「私の気持ちも知らないで……」
呟いて、彼が眠った大樹に目を向ける。
そこにはAlan・Legaerdと表面に刻まれた白い墓石。
つい三日前に建てられたそれ。
「……君には、まだ礼を言ってなかったね」
少女はぽつりと呟いて。
「ありがとう、私に恋を教えてくれて。また、いつの日か……君の目が覚めた時に逢いたいな」
少女は、涙を流しながらも笑顔で別れを告げた。
そうしてそのまま踵を返す。
彼から貰った僅かな精気と、多くの思い出を胸に秘め。
笑えない誰かに、笑顔を幸福を届ける道を往く為に。