「た、隊長!」
「うろたえるな!」
援軍を見て、落ちつきを無くす部下を一喝。
それで戦線の乱れは防いだが、こちらが不利なことには変わりがない。
「今は一般人である二人が戦っている! 我らが逃げ出す? そんなことが許されるか!」
それでも叱咤をし、自らを、全員を鼓舞する。
焼け石に水だと、そう思いながら。
少女もまた、援軍を迎え撃っていた。
何故男に向かわず警備隊の方へ向かうのかは解らなかったが、矢を番い撃つ。
それを見て、幾人かが少女へ襲いかかろうとしたが。
「やめろ! その女変な技でこっちの攻撃を跳ね返してやがる!」
野党の一人がそう叫んだことで、全員警備隊の方へと向かって行ってしまう。
「まずい、あれほどの人数じゃ……」
毒矢を何人かに当てたものの、無傷な野党は多い。
だからと言ってあんな人数を倒すのは難しい。
ならばどうするか。
「……リーダー格を倒して、撤退させる」
即座に判断した少女は、遠めに見る騎士の方へと走り出す。
恐らく、そこに向かっているのだろうと確信に近い憶測を導き出して。
「はぁ、ふう……」
息を整えた騎士は周りを見渡す。
そこには倒れている十人の男達。
援軍により増援は無かった為、なんとか倒すことは出来たが受けたダメージも大きい。
だがそれでも、援軍により不利な状況が作られていることは解っている為に体を動かして警備隊の方へと向かおうとする。
「待て」
しかしそれを阻む男の声。
騎士が顔を向ければそこには白皮の軽鎧に身を包み、大剣を背負った大男。
その顔に見覚えがあった騎士は、呆然と呟く。
「……『白豹』、の頭かな」
「その通りだ、『白麟』。同じ白を冠する者同士、お相手願おう」
大剣を構え、問答無用とばかりに振り下ろしてくる大男。
それを大槌で受け止める騎士。
だがダメージ全てを受け流すことはできずに、腕に鈍い衝撃が走る。
「受け止めるか。面白い」
「僕は面白くもなんともないけどね!」
大剣を弾き、そのまま横凪ぎに大槌を振る。
それを後ろに跳んで避けた大男は大剣を振り下ろす。
騎士はその一撃を弾き、再び一打を浴びせようと振る。
その繰り返し。
巨大な金属同士が振り回され、噛み合わされ武骨な金属音の二重奏が響き渡る。
「ふんっ!」
相手の攻撃ごと吹き飛ばそうと力を込めた横薙ぎの剣。
左から襲いかかり広範囲を薙ぐそれを避けることはできないと判断した騎士は即座に盾に持ちかえて受け止める。
だがそれを見越していた大男は盾で剣を受け止めている騎士に向けて、がら空きの胴に前蹴りを叩き込む。
鎧のお陰で衝撃はさほどではないにしろ、体勢は崩される。
それを見逃さず大男は大剣を素早く戻して、最上段からの振り降ろしを放つ。
体勢を崩されたためにそれに反応できない騎士は、そのまま大剣に斬られようとしていた。
だが、それは騎士に触れる前に止まる。
「何!?」
それを成したのは一本の矢。
大男の腕に付き立ったそれは、込められた魔力を存分に発揮して雷を二つ落とすと氷の刃でその腕を切り裂いた。
「ぐっ……!」
溜まらず騎士から距離を置き、矢の放たれた方を向くとそこには桃色の服を纏い揚羽を模した弓を構える少女。
凛とした表情で、大男と相対していた。
「大丈夫? ……そうはみえないけど」
「大丈夫。……そうは見えないだろうけど」
大男から視線を外さないままに、少女は騎士に声をかける。
騎士もまた、大男から視線を外さずに返す。
「こんな可愛い伏兵がいたとはな」
矢を引きぬいて、大男はにやりと笑い大剣を構える。
騎士もまた、大槌を構え。
少女はその後ろで弦を引く。
まだ戦闘は、終わりの様相を見せない。
「隊長!」
三十に増えた野党に警備隊は苦戦を強いられていた。
十人の人数差は戦闘ではかなり大きい。
さらに連続戦闘で体も気力も限界が見えてきている。
「持たせろ! きっと、きっとあの騎士がリーダーを倒す。それまで堪えろ!」
警備隊長は言いながらも心の中で悔しさを押し殺す。
昔はどうであれ、一般人に頼り切っているこの状況を不甲斐ないと。
そう思う心を無視して戦い続ける。
だがしかし終わりのわからない長い戦闘は、強靭な心であれども欠ける。
「くっ……このままでは」
それに屈しそうになった警備隊長の目に。
急に少し離れた野党が倒れるのが映った。
「何っ!?」
よく見れば、自分たちの後ろから石による援護が行われている。
戦闘中にも関わらず後ろを向いた隊長の目に映ったのは。
「投げろ! 投げろ!」
「あいつ等にばかりまかすわけにはいかんぞ!」
「うちらのお得意さんじゃ! こんな時に恩を返さんでいつ返すんじゃ!」
大樽一杯に積まれた石を野党に向けて投げ続ける商店街の人々の姿。
呆然とそれを見ていた隊長は、直に野党達へと向き直り、叫ぶ。
「今後ろから町の住人達による援護が行われている! 私達の面目はこの時点で潰れているといってもいい! 悔しい、だが私は嬉しい! このように協力してくれる人が! 守るべき人が我らの為に戦おうとしていることが!」
それは今までどんな言葉よりも。
自分たちを鼓舞するだろうと、隊長は思いながら叫び続ける。
「行くぞ! 面目は潰れても、守るべき人と矜持はある!」
「はっ!」
疲労は限界。
体も傷ついている。
心も折れ掛けていた。
けれども、了承の意を示すその言葉は。
全員、寸分違わず同時に口にしていた。
「うおぉぉぉぉっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
横回転を加えて勢いを乗せた大剣の一撃。
それが届く前に槌を一回転させてそのままの勢いで地面に叩きつける。
衝撃により弾かれた大男により、大剣は騎士の眼前を通り過ぎていく。
大男の隙を縫うように光の属性を宿す矢が放たれるが、それは後ろに飛び退いて避けられる。
槍に持ち替えた騎士が高速の五連突きを放つが、大男は大剣を振り回してそれらを弾き、その力を利用して騎士に同等のダメージを与えると共に大剣で一撃を見舞う。
大量のダメージを受けた騎士は再び大槌に持ち替えてそれを振り回す。
避けるのが間に合わなかった大男はそれをまともに受け取り、弾かれる。
そこに襲い掛かる雷を纏った矢。
男の左腕に付き立つと、雷を二つ落とすことで矢は役目を果たす。
「はぁ、はぁ……っ!」
「氷のエンチャントが効果を無くしてる……けど掛け直す力はないや。上限上げてたんだけど……」
息を整える騎士と、ぼやいて再び矢を番える少女。
対して大男は、再び矢を引き抜いて、大剣を構える。
その顔は、今だ疲労を感じさせない。
大男は一回剣を確りと握り直すと、流れ出る血に構わず騎士へと襲いかかる。
騎士はそれを槍で応戦。
大剣を受け流し、時折盾に持ち替えて受け止める。
しかし。
回転を加えた大剣の一撃を盾で受け止めた瞬間、盾をも貫く衝撃が騎士を襲う。
思わず盾を取り落とす騎士、そこに奔る大剣の一撃。
「終いだ!」
「させない!」
その一撃が騎士を切り砕く前に、少女の放った矢が大男に付き立つ。
雷を放つわけでもなく、ただ単に突き立つ矢。
しかし、それは大男から視力というものを奪い去る矢。
結果、大剣は騎士をとらえることは無く空を切る。
「くそっ! なんだこれは!」
大男はそのまま大剣を暴れた様に振り回すが、すでに騎士は立ち直ってそこから離脱していた。
「ブラインドアロー、最後の一本。残っててよかった……」
ふっ、っと一息ついた少女に騎士はありがとう、と一言礼を述べると槍を構え直す。
と、視界が復活した大男が、歯をむき出しにして騎士を見る。
「く、まだ結果がつかぬか……」
大剣を構え直す大男。
その顔から、少女は焦りを窺い知ることが出来た。
「まぁいい。これで今度こそ終いだ!」
そしてそのまま大男は駆け出す。
大剣をその肩に背負い、そのまま。
「喰らうがいい!」
小さく跳びかかり、しかし隙を最小限に抑えた動きで大剣を最上段から騎士へと振り落とそうとする大男。
対して、騎士は冷静に槍を構えたまま、大剣が自らの頭に触れる寸前に後ろに小さく跳び退いた。
宙を切り地面にめり込む大剣。
すぐさま剣を戻そうとした大男に、バックステップからの突撃が襲いかかる。
「ぐっ……」
脇腹を貫かれ、さらに突撃により体勢を崩した大男にさらに五連続の高速の突きが襲いかかる。
「ぐおおぉっ!」
痛みを無視し、雄叫びを挙げて大剣を横凪ぎに振る大男。
しかしそれは槍を棒のように使い、跳び上がった騎士には届かず。
槍の穂先を掠めただけ。
そのまま大男の背後に着地した騎士に、今度こそ一撃を与えようと振り向いた刹那。
「私のこと、忘れてないよね?」
「なっ!?」
かけられた言葉の意味を理解する前に、大男の体を衝撃を貫く。
弓の利点である射程を犠牲に、威力を最大限まで上げた一矢は男の体に深く突き刺さる。
その矢はそれだけでは止まらず、男の体に衝撃を与えて、体勢を崩させる。
大男は少女に零距離で矢を撃ち込まれたのだとようやく理解をして、体勢を立て直そうとする。
「今!」
「わかった!」
しかし、その前に大槌に持ち替えた騎士がそれを振り抜いて、強く握っていたはずの大剣を叩き落とす。
そのまま騎士は大槌を最上段に構え、少女は再び背後から弦を限界まで引き絞る。
「はぁっ!」
「いけっ!」
そして同時に。
大槌は振り落とされ。
矢から手は離され。
大男の腕を砕くと共に、二本目の矢が貫いていた。
「ご協力、感謝します」
「はは、僕は自分のやるべきことをやっただけだよ」
全てが終わり、男は鎧を脱いだ状態で警備隊長とそんなやり取りをしていた。
体のあちこちに出来た痣により、痛々しさを表していたが男はそんなことを感じさせない程穏やかに笑っていた。
大男を倒してすぐ、野党を全て捕縛した警備隊が駆けつけ、大男を捕縛して治療施設に搬送。
少女と男は治療を受けるとともに、戦闘によって損傷した鎧を修理する為に警備隊に預けていた。
「それに、感謝なら彼女にもだよ」
「ええ、同じように感謝していますよ」
警備隊長の言葉に少女は笑顔を見せて軽く頷く。
そのまま、男の顔を見上げるようにして見つめる。
「無茶はしない、って言った気がするんだけど?」
「無茶はしていないんだけどなぁ」
「えい」
咎めるような少女の言葉に、男がとぼけた様に返すと少女は笑って痣のある腕を突いた。
「痛っ!」
「ふっふーん? これでも無茶をしてないって……?」
「……ごめんなさい」
その一連のやり取りを見ていた隊長は口に手を当ててクスクスと笑う。
それを見て困ったように男は笑い。
少女もまた、笑っていた。
夜。
あの後、酒場で行われたお祭り騒ぎに流れで参加した二人は帰路についていた。
柔らかな風に揺れる草原。
その中を二つの影が寄り添い歩く。
「……ちょっと、あそこの木に行ってみようか」
「え、どうして?」
「ん、たまには外でゆっくりするのもいいかと思って」
男の提案に疑問を覚えたものの、たまにはそういうのもいいかと少女も思い、男に手を引かれるままに草原に生えている一本の大樹の元に向かう。
「はは、やっぱり疲れちゃったかな。年には勝てないみたいだ」
そう言って、木に寄りかかって座る男。
そのまま少女にも隣に座るように促す。
少女は男の隣に、男に習って木に寄りかかる。
「いい風だね」
「だけど、ちょっと寒いね」
男の言葉に少女は幽かに笑って返す。
「今日は、辛かったけど、楽しかったよ」
「皆でお祭り騒ぎだったね」
「だね」
少女は先までの宴を思い出してクスクスと笑う。
男もまた、笑っている。
「本当、こんな気持ちなら、笑っていけるよ」
「もう、こんな夜からどこに行こうっていうの?」
その言葉に困ったように男は笑って。
「さぁ、地獄っていうところかな……」
静かに呟いてから咳き込むと、赤の雫を口から零した。
「ちょっと! 何言って何やってるの!?」
「ははは……やせ我慢も、限界だったみたいだね」
血を手で拭い、男は笑っていた。
「激しい運動、って一回ぐらいなら平気だと思ってたけど。そう、上手くはいかなかったか」
「っ!? まさか、わかってて……どうして、戦ったの!?」
慌てる少女とは対称的に、男はどこまでも穏やかに。
口の周りは綺麗になっていたが、拭った右手は赤に塗れていた。
それが少女に触れて染めないようにと自らの服でそれを拭う男。
そうしながら、少女の問いに答える。
「それは、守りたかったから、ね。この生活を」
「だからって、君がこうなっちゃ意味がないよ! 早く医者を……」
「もう無理だよ。僕の体は医者ですら匙を投げたんだ。……延命、っていうことすら、できないって。それに、もう足がいうことを聞いてくれないんだ」
自らの運命を受け入れたかのように、対し少女はそれに抗おうとするかのように問答する。
だがそれでも、少女もそれを受け入れる他なかった。
現実を、受け入れるしか選択肢は無かった。
「どうして……自分の命より、大切だったの?」
少女は男の顔を見つめて問う。
「大事だよ、この町も、あの家も……君も」
男は再び、笑って答える。
そうしながらも、自分に残された時間が僅かだと悟り、口を開く。
「僕は、今まで誰にも……こうして欲しいだなんて思わなかった。だから、最期だけ我儘を言うよ」
「何?」
「君には、笑っていて欲しい。そして、笑えなくなっている人を、笑わせてあげて欲しい」
その言葉が少女の耳朶を打つ。
穏やか過ぎる、そして最期まで自らの事ではなく他者の事を考える彼に向けて、少女は。
「私はリャナンシー。人を愛し、愛を教える妖精だよ? 言われなくても、そうするよ」
そう、胸を張って答えた。
しかし、その頬には透明な雫が伝う。
「ありがとう……ごめんね、泣いてくれて、泣かせちゃって」
「なんで、そんなこと言うの? もう……」
「だって、これも我儘だけど。僕が逝く時は、笑って見送ってほしいって、ずっと思っていたから……それに、女の子を泣かすのは最低だって、言われてた……」
男は少女の頬に手を伸ばし、涙を拭う。
だが、それさえも辛いのかその手は僅かに震えていた。
それでも、男は伝え続ける。
最期に、自分の口で伝えるべきことを何も残さないようにと。
「ありがとう、リャナンシー……僕に愛を教えてくれて」
頬に当てた手を少女の頭に回し、そのまま男は唇を寄せる。
少女はそれに抵抗せず、逆に男の背に手を回す。
そのまま影と影が一つに、唇と唇が触れ合う。
そして少女は気がつく、そこから精気が自分へと流れてることに。
目を大きくして体を離した少女に向かって男は幽かに笑う。
「ごめんね、ちょっと眠いから……怒るなら後で、おねが、い……」
男の腕が力を失い、落ちる。
風が吹き、草原と男の髪を揺らしていた。
「……寝るなら、ちゃんと起きてよ、ね」
それを見た少女は目を瞑ると静かに、呟いた。