二人はそれからも、今までと同じように、でも少し変わった過ごした――。

「ねぇ、これちょっと味見てみて」
「ん……。うん、美味しい。こっちも見てくれるかな?」
「うん。とは言っても、味見る必要もないと思うけど」

「体の方は大丈夫なの?」
「うん、最近調子いいからね。無理もしていないし」
「……買い物で私に荷物一個も持たせてない気がするけど?」
「女の子に荷物持たせる方が無理になるからね」

「また髪伸びてきたね」
「そうかな? 自分じゃよく解らないんだけど」
「元の髪型があれじゃあね。あ、お湯かけるね」
「うん。次は僕が流そうか?」
「お願いー」
 
そんな日々が幾日か過ぎた日の夕方――。


「さて、今日の夕飯は……」
「どうしたの?」

家の近くの草原を二人歩いている最中、男が途切れさせた言葉。
それを不思議に思った少女が、男の見ている方角を見るとそこには草原を歩く米粒大の無数の人影。
皆白い服を纏い、それぞれに得物を持ち、こちらへと向かってくる。
妖精である自分が気が付けなかったのを男が気づいたことに驚くよりも先に、男の声が響く。

「君は街の方へ!  来る人間は野党、それも『白豹』っていう組織! 全部伝えて!」
「わ、わかった!」

荷物を持ったまま家の方へと駆けだした男を見送って少女も町の方へと駆ける。
然程、距離があるわけでもないので直ぐに到着。
警備隊の人間に知らせると、今度は自らの家へと文字通り飛ぶように走る。
家に着くとそこには。

「ちゃんと、知らせてきてくれたかな?」

白銀の鎧を身につけ、背に大槌と大槍を背負い。
左手に大盾を身に付けた騎士が立っていた。

「まさか! 戦う気!?」
「大丈夫、戦えない程度に体は鈍っていないよ」
「そうじゃなくて! 体の方は……」
「最近調子がいいし。それに……今ここで戦わなかったら、僕が力を求めた意味が無くなる」

そう言った男は最後の一言を確りと言い切った。
そこからもう何を言っても無駄なのだという事を察した少女は、ため息をついて自らの武器を呼び出す。
揚羽蝶を模した弓、さらに幾つもの矢筒。
それらを身につけて、男に向き直る。

「仕方無いなぁ、だけど体の調子が悪くなったら他の人に任せて町に避難すること。わかった?」
「……解った。一人の、銘も無き騎士として約束する」
「なら、私も手伝うよ。……早く終わってくれないと、約束しても無茶しそうで怖いから」

そう悪戯気に笑う少女の後ろ。
町の方から警備隊の人間がと野党を迎え撃つために集い始めていた。







警備隊と合流した騎士と少女は、状況を聞き、迎え撃つために草原に立つ。
その後ろで警備隊は戦闘の準備をしている。

「警備隊二十で五十を返り討ち、僕が現役の時でもここまで不利な状態で戦ったことはないなぁ」

そう言って笑う男。
だがそれに不利な状況を嘆く様子はない。

「……白麟、そう呼ばれた貴方がですか」

声を掛けたのは警備隊の隊長。
その顔は精悍で、若い。

「はは、そんな風に呼ばれていた時期もあったけど。今じゃただの変わり者だよ、町はずれに住む、ね」

そう言って傍らに居る少女の頭を撫でる。
篭手が当たって痛くない様に、優しい手つきのそれを少女は避けることなく甘んじている。

「……彼女も戦わせる気ですか?」
「本人の意志が大事だからね。何事にも。それに……僕よりも強いし」

そう言って、男は野党のいる方角へと向き直る。
あと少しでその距離は200メートルになろうかというところ。

「さて、そろそろ覚悟しておかないとね。……切り込みが欲しいのなら、僕が行こうと思うけどどうかな?」
「お任せして、いいでしょうか? 本来ならば、一般人であるあなたを参戦させるのは心苦しいのですが」
「こんな状況だよ。そんなことも言ってられないでしょ?」

笑って騎士は盾を片手に、歩きだす。
少女はその後ろについて行く。

「……確かに。でも、貴方一人に頼るわけには行きませんからね」

警備隊長はそう呟いて、後ろに控える十九人の隊員に向き直る。
それぞれの顔を見渡し、叫ぶ。

「総員! 戦闘準備は終わったか!? 切り込みはかの『白麟の騎士』とその相棒がやってくれるそうだ! 進軍時に遅れをとるな!」
「はっ!」

全員の返答が綺麗に揃う。
それを確認し、警備隊長も野党の方へと向き直る。
しばらくして、白銀の騎士が駆け出す。
その後を桃色の少女が追随する。
それらを見届けた警備隊長は手に剣を握り、それを掲げる。

「総員、準備!」

叫び、皆の準備が終わったことを確認し、剣を振り下ろし叫ぶ。

「総員、突撃!」

途端。
二十の影が一斉に駆け出した。







先陣を切るのは白銀の騎士。
それに気が付いた野党は即座に弓を放つ。
矢の雨が降り注ぐ、その中を雄叫びを挙げ大盾を掲げながら突き進む騎士。

「おおおおおおっ!」

矢は盾に弾かれて地に落ちる。
それを踏みつぶしながら騎士は駆ける、その後ろに少女を伴って。

「くそっ!」

矢の雨をものともせず向かってくる騎士。
剣を握る野党は悪態をついて彼に躍りかかる。
だがその体は、即座に持ちかえられた大槌の横凪ぎにより弾き飛ばされる。

「速いぞ、こいつ!」
「囲め! 囲っちまえば問題ねぇ!」

即座に包囲に回ろうとする野党だったが、急に現れた壁に動きを阻害される。

「なんだぁ!?」

そしてその間に、騎士が手にした大槌を一回転させて地面に叩きつける。
地面を大きく揺らすほどの衝撃。
後ろに張り付いた少女以外の野党はすべて弾き出される。

「へっ、隙だらけ……」

その一撃を打ち出した騎士を弓で狙う野党。
しかし、弦を引くその手に矢が突き刺さる。
それは雷撃を放つとともに、氷の刃をまき散らす。

「いてぇ!」

その矢の方へと目を向けるとそこには揚羽の弓を構え、火を放つ矢を構えた少女の姿。
野党が逃げ出すよりも先に、その矢が宙を切り裂いて男の肩に突き刺さる方が速かった。

「熱い、痛てぇよぉ!」

泣いて転がり火を消そうとする野党を尻目に、少女は次の目標へと狙いを定める。
男が前で戦うのならば、それを邪魔する者を自分が狙い撃つ、もしくは此方に気を引かせる。
それが自分の役目だと言い聞かせて。

「……矢は一杯ある。威力は無いけど、この程度ならできるよ」

自分に言い聞かせるように呟いて、矢を番える。

「だから、早く終わらせてね……」

その言葉は空を切り裂く矢の音にかき消された。







「うおぉぉぉっ!」

大振りの一撃。
それは武器諸共野党の腕を打ち砕いた。

「ぐあっ!」

苦悶の声を上げる野党。
それを確認せずに後ろを見るとそこには三人で襲いかかろうとしてくる野党。
騎士は即座に槍に持ちかえ高速の突きを放ちつつそちらへと突進する。
大槍を振り回して五連撃。
それを全て受けた三人の野党は力を失い、最後の一撃を受けて倒れた。
隙をついて背後から襲いかかる野党。
それを察知していたのか、騎士は槍を持ったまま、鎧を纏ったまま高く跳びあがる。

「なっ、あいつ鎧の重さを感じないのか!?」

攻撃を空ぶった野党はついそう叫ぶ。
だが答えるものは無く、代わりに応えたのは天から槍と共に落ちてくる騎士。
空中制動し、槍の穂先を下にした落下の威力を上乗せした一撃。
咄嗟に武器を構えた野党だったが、その武器ごと弾かれて野党の波に呑まれていった。

「化け物……」
「……はは、味方からもそう呼ばれていたからね」

野党の声にそう返して、再び大槌を構える。
その周囲には倒れ伏した野党が七人。
うめき声をあげてはいるが、立ち上がれるほどの状態ではない。
それを見て、野党達は彼を中心にして距離を取る。
何人で襲いかかろうとも、地面に叩きつけられる、もしくは弾かれて警備隊の人間に捕縛される。
槍に貫かれた人間は重症ではないにしろ、肩や腕などを貫かれ戦闘復帰は望めない。
野党のの攻撃は何回も当たっているはずだが、鎧に阻まれる。
鎧の上から打撃を何度も与えているのに、倒れない。
その恐れが、騎士を中心として野党の群れの中に穴を作る。

「くそ……何もんだ」
「僕はただの、変わり者だよ」

大槌を油断なく構えた騎士は思う。
確かにこの戦場は不利だと。
それでも、どうしてか。
これまでどの戦場よりも不利、だけどこれまでのどの戦場よりも負ける気がしない戦場。
その理由を遠く後ろで感じ、薄く笑う騎士。

「さて、早く終わらせないと怒られちゃうね」

騎士はそう言って、再び大槌を振り回した。







「一人で一人を相手にしようとするな! 二人で一人を相手にしろ!」

指示を出しながら警備隊長は剣を振るう。
前で鬼神の如く戦う白銀の騎士の背を見て、次にその後ろで弓を、魔法を放つ少女を見て笑う。

「我々と違い、二人で幾人も相手にしている。やれやれ、私達の面子とやらは潰れてしまうな」

溜息をついて、回りを見渡す。
既に十程の人間が捕縛されている。

「……だが、我らにも意地はある。総員、弾かれた者を全員捕縛したら彼らの支援に回るぞ!」
「はっ!」

新たに指示を出した警備隊長は、再び剣を振るうために駆けだした。







「数が多い……」

少女は息を僅かに切らせて呟く。
確かに数は減ってきているが、途中から防御を重視して来た為に決定打を与えにくくなっている。

「おかしい、こんなことをするのは何か守るものがある時と援軍が期待できる時……まさか!」

少女は自分の考えを確認するため、自身を影にして周りから見れないようにし、野党の群れの向こう側に目を凝らす。

「……嘘」

そこにはさらに二十程の野党。
どうやら一陣で制圧し、二陣は後で美味しいところを頂こうという事なのだろう。
だとするなら。

「……質は、上ってところね」

知らせるか、そう思って騎士の方を見る。
時には大槌を、時には大槍を振り回し戦う彼の鋭い眼。
それはすでに、その援軍を射抜いているように見えた。

「気がついてる、か。なら、私も頑張らないと」

弓を構え、矢を番える。
その矢に雷が纏い、さらに手からさらに雷を流し込む。

「無茶をさせるわけには、いかないから!」

放たれた矢は弓の纏う冷気ごと二閃の雷を野党へと届けて行った。







騎士は内心焦っていた。
余裕のある振りをしてはいるが、相手が防御中心の動きを見せていることから援軍が来ることは明らか。
だがそれでも、やることには変わりがないと自らに言い聞かせる。

「はぁぁぁぁぁっ!」

槌を振り回し、自らを振り回し、周囲の野党に鉄塊を叩きつける。
防御の上からでもそれには効果があり、騎士の周囲から人が弾かれて消える。
だが大半の戦力がこちらに来ている為に、それを放った隙に五六発、鈍器による衝撃が騎士に襲い掛かる。

「うおぉぉぉっ!」

雄叫び。
一つ啼くと、騎士はその衝撃を物ともせずに槌を頭上で一回転。
その勢いのまま地面へと叩きつける。

「くそっ、なんて力だ!」

悪態を吐く野党。
だがそれも続く怒号に呑まれていく。
時に一撃で野党の腕から武器を弾き飛ばすほどの力。
それは地面を再び揺らし、野党と騎士の距離をさらに空ける。
距離を離され、攻撃の機会を失い、けれど必殺の一撃が来ないことに安堵を覚えた野党達は戦慄する。

「なっ!?」

素早く持ちかえた大槍を用いて棒高跳びの要領で前方に跳び上がった騎士。
彼は野党の目前に、重い金属の音を響かせて着地。
そしてそのまま流れるように槍による突進と高速の連続突き。
対象となった野党はおろか、その背後や横に居た者まで巻き込み蹂躙する。

「喰らえ!」

その両横から一気に五人の野党がそれぞれの武器を叩きつけんと飛びかかる。
騎士は槍から盾に持ちかえ構え、それらをすべて受け止める。
それだけでは終わらず、下ろされる武器をその大盾で逆に押し返して野党ごと武器を弾く。
そのまま、遅れて追撃をしようとしてきた野党に盾で殴りつけて再び大槌に持ちかえる。

「邪魔だ!」

再び吹く鉄塊の暴風。
その中心には、何物にも揺るがぬ騎士が居た。







少女は素早く矢を番い、撃つ。
援軍が来るとわかった時から、属性の矢では無く毒を塗られた矢を用いて撃ち出している。
瞬間的なダメージよりも、総ダメージの量を取った選択。
さらに毒による影響で行動の遅延をも見越している。
それは確かに効果を挙げた。
だからこそ、今までは半ば無視されていた少女の方へと矛先が向けられることも多くなる。

「この女!」

弓使いではなく、剣を持った野党が走り寄る。
それを見て弓を放つ行為を止め、詠唱を開始。
刃が振り下ろされ、少女の体を切り裂くその寸前。
少女の周囲に珠が回り始め、振り降ろされた刃は弾かれ。
幻影の刃が珠から撃ち出されて男を切り裂く。

「な……っ!?」
「邪魔!」

驚きに目を見張る男に、風を切り裂いた矢がそのまま野党の体を強く穿ち、また氷の刃が切り裂く。
その途端、野党の目は見るという機能を失う。
光の属性の宿った矢、それは射られた者の光を奪う盲目の矢。

「く、どこだ! どこに居るんだ!?」

野党は半狂乱になりながらもふらふらと少女の居る方向とは別の方向へと去っていく。
それを横目に少女は新たな矢を揚羽の弓に番える。

「一人でも多く、今のうちに……っ!」

決定打を与えるほどの力はない。
だから、弱っている野党相手には二閃の雷を与え、そうでない野党には毒を与えて体力を少しでも奪う。
それが今の自分の戦い方。
一人でも数を減らし、彼の騎士の負担を減らすために。
意志の籠る矢を幾度も、幾度も放ち続ける。

「そこっ!」

騎士を狙おうとしていた野党。
その肩を目掛けて矢は飛んで行く。
穿たれ、毒を負った男は限界が来ていたのか後ろに下がろうとする。
だがここで逃したら、再び回復されて戦線に復帰するだろう。
そう見こして、少女は雷の宿る矢を番える。

「逃がさ、ないよ!」

通常ならば目視するのが難しい距離に居る野党。
だが、少女は目を鷹のようにして一時的に目視できる範囲を広げる。
周囲の情景がぼやける代わりに、逃げる野党の背はよく見える。
少女の手が矢を離した時。
既に野党の背に矢が付き立つ結果は、確定していた。







二十の男を引き連れた野党の長が到着したとき、眼前に広がっていたのは騎士と戦っている男十名と、警備隊と交戦している男十名、戦えそうにないほどに疲弊、損傷した男八名。
そして、力なく倒れ伏している男が七名。

「お、御頭ぁ」

疲弊した男が情けない声を彼にかける。

「……俺が来る前に制圧しておけ、そう言ったはずだが?」
「ですが、あの騎士が……」
「騎士、だと?」

言われて長が見れば、白銀の鎧を纏った騎士が十名の男を相手に大槌を振り回している姿。
孤軍奮闘、その言葉が彼の脳裏を過ぎると共に、高揚が彼を支配する。
それは同じ男として、同じ戦う者としての高揚。
彼自身は汚れてしまったが、彼の中にある戦士としての心はまだ完全に堕ちていなかった。

「よし、お前らは警備隊を相手取れ! 俺はあの騎士を相手にする、邪魔をするな!」

獰猛に笑った野党を率いる頭は。
自らの獲物である大剣を背負い戦場へと躍り出た。
それに続くように二十の野党も躍り来る。
守る者と侵す者の戦いは、今だ続いて行く。